喪に服す

 前回に書いた叔父が他界した。


新しいPC 使い心地は段違いで抜群!!


暮れに掛かったコロナが年老いた彼に決定的な打撃を与え、続く誤嚥性肺炎によって食事をとれなくなり、年明けて1か月を経て入院先の病院で亡くなった。

今日はその葬儀をちんまりと行い、今感慨にふける。

彼は親族にも他人にも傍若無人な対応をしてきたので、私はなるべく関わらないようにしていたのだが、実は彼にとって世界というものは生きにくくて手が負えなくって、途方に暮れて投げやりになっていたのかもしれない。

人の生きざまはそれぞれだ。

他界した父と母の時はどうだったかとか考えたりする。

まあ、みんな一生懸命だったってことは変わりないかなぁ。

自分の終活についても考えていかなくてはいけない時期が来ている感じもします。


色々感慨にふけるのですが、自分の歩みについても考えたりします。

仕事の職業についてを限定でですが、残念ながら特に自分は今の職業に必要とされてるという感覚はありません。

また、更に残念なことに、その職種が自分の憧れだったり、やりがいだったりっていうこともありません。

今の職場は派遣から入って3~4年勤めた後に正社員に登用してもらえたのですが、会社の上司に「職業に対するモチベーションと熱意で、頑張って正社員を勝ち取ったのか」と聞かれたのですが、その時に

「行き当たりばったりです。」

と答えて絶句された。

理想は叶わないし。

どこ行っても歓迎されないわ、大事にされないわ、派遣の時は常に契約満了をちらつかされるわ、乱暴に使われるわで、基本、目の前にある道をひたすら歩いていくだけで、特に何かを選べるような環境ではなかったのが本音のところです。

就職氷河期世代の落ちこぼれ、負け組というものはそんなもんです。

でも、「ひょんな分野で(自分の技術あるいは特性)に需要があって」その職業についていて、それがいつしか自分の適職と思えるようになったという人が少なくないようです。

うらやましいなぁ。


前回の続きですが、パソコンはやっぱり2年ローンで購入しちゃったし、髪も染めちゃった。

そんな私どうなのと思ってタロットカード弾いたら「世界」がでてきた。


~まあ、まあ、うまくやってるんじゃない

退屈に感じるならどっか、旅にでも行ってみたら?~

という感じでしょうかねぇ。

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